~とある湖畔から~

脳と意思決定の研究の記録

遅延価値割引と薬物中毒、肥満、うつ病、PTSD

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遅延価値割引とセルフコントロール

 遅延価値割引は、私たちのどのような行動に関連するのでしょうか?

 

 遅延価値割引が強く現れる人は、長期的な利得を低く見積もってしまいます。

これは、長期的な利得を獲得するよりも、今すぐ獲得できる短期的な利得を相対的に大きく評価して選ぶ傾向が強くなります。

つまり、自制心が低く我慢ができません。

この自制心の低下は、高い遅延価値割引率として現れます。

そして、高い遅延価値割引率は、様々な疾患や行動障害に見られます。

 

薬物中毒、肥満と遅延価値割引

 薬物中毒患者は、遅延割引率が非常に高いことが報告されています(Green 2004)。

例えば下図をみると、薬物中毒者は、健康な人と比べ、同額の金銭的価値に対する遅延価値割引率が高いことがわかります。

これは、薬物中毒では、長期的な利益を低く見積もる傾向があり、そのために短絡的な行動を抑制し長期的な目標に向けた行動を選択することを困難にしていることを示します。

この高い遅延価値割引率に、薬物への欲求を自制できないことが現れていると考えられます。

 

f:id:Neuart:20211101185618j:plain参考:Green 2004

 

 肥満者も遅延価値割引率が高いこともわかっています(Amlung 2016)。

これも、日々の食事の制限とコントロールを困難にし、肥満に繋がっていると考えられます。

 

 このように、高い遅延価値割引にあらわれる短期的欲求に対する自制の低下が、薬物中毒や肥満など様々な症状の原因の一つとなっている可能性があります。

 

うつ病PTSDと遅延価値割引

 うつ病性障害患者にも遅延価値割引率が高い傾向が見られます(下図)。

これは、うつ病などの気分障害患者は、現状のネガティブな状況や事象に強くとらわれ、将来を見据えた思考や行動が困難となっていることの現れであると考えられます。

 

 興味深いことに同じ気分障害でも、PTSD患者では、利得に対する遅延価値割引率は非常に高い一方で、損失に対する遅延価値割引率は非常に低くなっており、大うつ病性障害とは異なるパターンを示します(下図)。

これは、PTSD患者が、将来をポジティブに捉えることができず、かつ、現在と将来のネガティブな事象についてはより強く感じることを示しているように見えます。

この利得と損失に対する遅延価値割引率の乖離は、PTSD患者が、強い恐怖や不安といった感情や、悲観的な思考から逃れられない原因となっていると考えられます。

 

 このように、気分障害に見られる症状は、遅延価値割引率の変化として現れる悲観的思考の増加や長期的思考の低下に起因しているかもしれません。

 

f:id:Neuart:20211101192847j:plain参考:Engelmann 2013

 

 

 

参考文献

Engelmann JB, Maciuba B, Vaughan C, Paulus MP, Dunlop BW. Posttraumatic stress disorder increases sensitivity to long term losses among patients with major depressive disorder. PLoS One. 2013 Oct 7;8(10):e78292.

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/24116235/

 

Green L, Myerson J. A discounting framework for choice with delayed and probabilistic rewards. Psychol Bull. 2004 Sep;130(5):769-92.

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/15367080/

 

Amlung M, Petker T, Jackson J, Balodis I, MacKillop J. Steep discounting of delayed monetary and food rewards in obesity: a meta-analysis. Psychol Med. 2016 Aug;46(11):2423-34.

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/27299672/

 

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