~とある湖畔から~

脳と意思決定の研究の記録

価値の遅延とセロトニン

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報酬獲得の遅延は報酬価値を下げる

 獲得するまでに遅延がある価値や損失は、即時に獲得するよりも小さく見積もられます。

これにより、将来の大きな利得よりも即時に獲得できる小さい利得を選ぶことが起こります。

 

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また、肥満者や中毒患者など強い利得への欲求が高い人では、この遅延による価値のわり引き率が非常に大きく、長期的な利得(健康)の見積もりが低くなることが報告されています。

 

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遅延価値割引に関わるセロトニン

 では、この遅延価値割引について、脳内ではどのように調節されているのでしょうか?

遅延価値割引に関与する脳内物質としてセロトニンが研究されています。脳内セロトニン量と遅延割引の関係を調べた研究を見ていきます。

 

 この研究では、脳内のセロトニン合成に使われる前駆物質トリプトファンの経口摂取量を変え、脳内のセロトニン量を調整し、通常量、過剰、不足の3条件を設定しています。

セロトニン量を調節した後、被験者は、待ち時間は短いが報酬(ジュース)が少しの選択肢と待ち時間は長いが報酬が多い選択肢のどちらかを選択する課題を行いました。

その結果、セロトニン量の低い被験者は、その他の条件の被験者に比べ遅延価値割引率が大きく、目先の小さい報酬の選択肢の選択割合が大きくなりました。

 

セロトニン量と遅延価値割引課題中の脳活動

 さらに課題遂行中の脳の活動をfMRIによって測定しています。

その結果、通常のセロトニン量の条件では、短期的な報酬と長期的な報酬が大脳基底核線条体の腹側部と背側部で各々計算されていることがわかりました。

セロトニン量が高い条件では、線条体の背側部にのみ長期的な報酬に関わる活動が見られた。一方で、セロトニン量が低い条件では、線条体の腹側部にのみ短期的な報酬に関わる活動が見られました。

 

 

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Tanaka SC, Schweighofer N, Asahi S, Shishida K, Okamoto Y, Yamawaki S, et al. (2007) Serotonin Differentially Regulates Short- and Long-Term Prediction of Rewards in the Ventral and Dorsal Striatum. PLoS ONE 2(12): e1333. (CC BY 4.0)

 

 この結果は、以下の2つのことを示唆しています。

①情動的な機能を持つとされる腹側線条体が、短期的な報酬の計算に関わり、理性的な高次機能を持つ背側線条体が長期的な報酬の計算に関わる

セロトニン線条体の神経回路を調節し、遅延割引を調節する

 

このように、脳内のセロトニン量は、将来の報酬をどのくらい待てるのか、将来の報酬の価値はどれくらいなのか、を調節していることがわかります。

 

 

参考文献

  1. Schweighofer N, Bertin M, Shishida K, Okamoto Y, Tanaka SC, Yamawaki S, Doya K. Low-serotonin levels increase delayed reward discounting in humans. J Neurosci. 2008 Apr 23;28(17):4528-32. doi: 10.1523/JNEUROSCI.4982-07.2008
  2. Tanaka SC, Schweighofer N, Asahi S, Shishida K, Okamoto Y, Yamawaki S, Doya K. Serotonin differentially regulates short- and long-term prediction of rewards in the ventral and dorsal striatum. PLoS One. 2007 Dec 19;2(12):e1333.