~とある湖畔から~

脳と意思決定の研究の記録

このブログについて

 

脳と人間

私たちの思考や行動の基盤は脳です。

 

脳について理解することで、自分自身や他者、つまり人間の理解につながると思っています。

 

本ブログでは

脳に関する情報を整理し理解を深める場として、本ブログをはじめました。

 

本ブログでは、意思決定と脳を科学的に見ていくことで、自分自身の理解、人間の理解を目指します。

 

ブログの内容について注意を払って記載していますが、正確性を担保するものではありません。

間違いや問題等あれば対応しますのでご連絡ください。

私たちの意思決定とは?

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日々、膨大な決断をしている

 

"35,000回"

 

調査研究によると、これは私たちが1日に行っている決断の回数だそうです(Sahakian 2013)。

また、2000人のアメリカ人を対象とした調査によると、1日に70回の決断を行っているとのこと。

Sheena Iyengar: How to make choosing easier | TED Talk Subtitles and Transcript | TED

いずれにせよ、私たちは1日だけでも多くの意思決定を行っていることになります。

そのため、私たちは、日常的に選択が難しくて決断できない、決断した結果が悪かったなど、多くの意思決定に関わる苦労や問題を経験します。

より良い意思決定のためには、自分自身の意思決定を理解することが必要です。

 

 

意思決定とは

 意思決定とは、

特定の目標を達成するために、ある状況において複数の代替案から、最善の解を求めようとする人間の認知的行為である(意思決定 - Wikipedia

つまり、私たちが意思決定を行うとき、状況を把握し、目標をさだめ、そのための行動を思考し選ぶといった複雑な情報処理をしていることになります。

 

意思決定と脳

 私たちの複雑な意思決定は、情報処理装置の側面を持つ臓器である”脳”によって達成されています。

つまり、脳を理解すれば自分たちの意思決定の性質など、意思決定の理解を進めることになります。

近年の脳・神経科学の発展は目覚しく、脳に関する様々な知見が報告されています。

脳・神経科学研究の知見を理解し統合することで、私たちの意思決定の理解が深まります。

 

 

意思決定の積み重ねが自分自身である

 日々繰り返される意思決定を理解することは、自分自身を理解することです。

今の自分は、自身が行ってきた意思決定の積み重ねの結果です。

また、今後どのような意思決定を行うのかは、未来の自分を構築します。

意思決定と脳を知ることで、自分自身の理解、人間の理解に繋がります。

 

 

参考文献

Sahakian, B. J.,  Labuzetta, J. N. How decision making goes wrong, and the ethics of smart drugs (2013) Oxford University Press

 

いち早く最新の情報の獲得するー無料で研究論文を読むUnpaywallというツール

無料の研究論文を見つけてくれるツール

多くの研究論文を読むためにはお金がかかってしまいます。

今回は、無料で読むことができる論文を見つけるツールを紹介。

質の高い情報の調査には研究論文が有効

科学が進んだ現代社会では、日々膨大な情報が発信、公開されています。最新の研究論文を読むことは、いち早く革新的情報、有益な情報、正確な情報の獲得を可能とします。

論文を読むにはお金がかかる

これまで研究論文は、NatureやScienceなどの商業誌に掲載されてきました。

つまり、研究論文を読むためにはお金がかかります。

研究機関に所属していれば、研究機関が購読している雑誌を読むことができます。

ですが、研究機関が契約していない雑誌や研究機関に所属してない方などの場合、研究論文の内容を読むのにお金がかかってしまいます(論文一本につき数千円するのでかなり高い)。 

無料の論文を見つけてくれるアドオンツール

Web上の無料で読むことができる論文を見つけてくれるGoogle社のChromeMozilla社のFirefoxに対応したアドオンツールが公開されています。

それが Unpaywall です。

Unpaywall

その有用性と革新性から、世界トップクラスの研究論文を掲載するNature誌にも記事が掲載されています。

How Unpaywall is transforming open science

正しい情報をいち早く見つけ一歩先に

Web上には、多くの情報があふれていますが、信頼性の低い情報も膨大です。

より正しい情報の獲得には、やはり、適切なプロセスに沿って公開されている研究論文を読むことは重要です。

Unpaywallなどのテクノロジーを駆使し、いち早く有益な情報を獲得すことで、ビジネスや日々の生活をより発展させることがこれから求められます。

 

 

 

 

 

目標指向行動と海馬

目標指向行動とは、目的や目標に向けて、試行錯誤や計画によって行われる柔軟な行動である。この目標指向行動と記憶に関連する脳部位の海馬の関連を検討した論文。

 

Goal-directed actions transiently depend on dorsal hippocampus.

Bradfield, L.A., Leung, B.K., Boldt, S. et al.

Nat Neurosci 23, 1194–1197 (2020).

目標指向行動は背側海馬に過渡的に依存する

 

概要

海馬の目標指向行動への関与は、一致した見解はなく不明確である。

先行研究による結果の相違は、実験に用いる課題のトレーニング期間の違いによる可能性がある。

本論文では、outcome devaluation task(価値低下課題)を用いて、海馬の目標指向行動への関与と課題トレーニング期間との関係を検討した。

 

結果

outcome devaluation taskは、ラットに2つのレバーを押すと報酬を獲得できることを学習させるトレーニングと、2つのレバーを選択させるテストの段階からなる。トレーニングでは、一方のレバーを押す(A1: Action1)と報酬1(Outcome1: O1)が獲得でき、もう一方のレバーを押すと(A2: Action2)と報酬1(Outcome2: O2)が獲得できることを学習させる。次の日のテストの開始前に、ラットに一方の報酬(例えばO1)を自由に食べさせておく。そうすると、テストで2つのレバーを選ばせると、ラットはO1よりもO2が獲得できるレバーを多く押す。つまり、O1の価値が低下したためにA1への反応が低下し、O2の価値が高くなりA2への反応が高くなる。これは、自分の状態に応じて好ましい目標に向た行動をとったことを示す。

 

2日間トレーニング行った後に、価値低下テストを行った。テストの際に海馬の神経活動を抑制すると、価値低下させた報酬に関連づいたレバーへの反応低下が起こらなかった(Fig1f)。

上記のテストの後に4日間トレーニングを追加し、再度価値低下テストを行うと、テストの際に海馬の神経活動を抑制すると、価値低下させた報酬に関連づいたレバーへの反応低下が起こった(Fig.1g)。

これらの結果は、トレーニング期間が短い時のみ、海馬が目標指向行動に関連することを示す。

 

次に価値低下テストの際に、トレーニングとは異なる部屋で行った。

2日間のトレーニング後に価値低下テストを行う場合、テストを行う部屋を変えると価値低下が起こらなかった(Fig.2b)。

6日間のトレーニング後に価値低下テストを行う場合、テストを行う部屋を変えると価値低下が起こった(Fig.2c)。

さらに、

2日間のトレーニングをして1日後に価値低下テストを行う場合、テストを行う部屋を変えたことによる価値低下の抑制が起こらなかった(Fig.2e)。

2日間のトレーニングをして7日後に価値低下テストを行う場合、テストを行う部屋を変えたことによる価値低下の抑制が起こった(Fig.2e)。

 

結論と考察

海馬は目標指向行動に過渡的・一時的に関与する。この現象は、海馬に保持された環境情報を使用するために現れた。

記憶情報は最初海馬に保持され、時間の経過にともなって記憶情報は大脳皮質へ移行し貯蔵される(system consolidation)。このために、学習の直後の海馬の抑制によって、記憶情報が正しく使えず、目標指向行動が阻害されたと考えられる。

 

感想

結果後半のテストの環境を変えることによる価値低下の変化を見ると(Fig.2bc)、記憶のgeneralizationが起こったように見える。記憶のgeneralizationは海馬から皮質への情報の移行で起こることなのか、皮質から情報を引き出す際に起こることなのか興味深い。

 

 

 

習慣化と扁桃体

 

論文

目標や成果に向けて行動や努力を継続することは重要であるが、継続することは非常に難しいことである。この困難さに打ち勝つために、習慣化が有効である。

 

習慣化のメリットや習慣を獲得するための方法に関する情報は溢れている。しかし、脳内でどの様に行動が習慣化されていくのか、その脳内メカニズムについての情報は少ない。 

 

習慣化の獲得と固定に関するメカニズムの研究です。 

Basolateral and central amygdala differentially recruit and maintain dorsolateral striatum-dependent cocaine-seeking habits.

Murray, J., Belin-Rauscent, A., Simon, M. et al.

Nat Commun 6, 10088 (2015).

https://doi.org/10.1038/ncomms10088

 

概要

薬物中毒は、慢性的な薬物曝露に対する神経適応であり、習慣化した薬物探索行動である。しかしながら、この薬物探索行動がどの様に形成されるのかについて脳メカニズムはわかっていない。

薬物中毒の問題は、レクレーションとしての薬物使用ではなく、強力な薬物探索行動の習慣化である。この習慣化行動は、腹側線条体ドーパミンが背外側線条体に作用することで獲得されるが、その腹側線条体ドーパミンー背外側線条体経路の習慣の獲得がどの様に獲得されるのか不明である。そこで、扁桃体ー腹側線条体ー背外側線条体の経路に着目し、扁桃体の習慣化への影響を検討する。

 

結果と考察

実験では、ラットにレバーを押すと薬物を獲得できることを習慣化させる。この学習中中に、扁桃体ー背外側線条体の経路を遮断した。

学習の開始時に扁桃体外側核ー背外側線条体を遮断すると、薬物探索行動であるレバー押しの獲得が阻害された。

一方で、扁桃体中心核ー背外側線条体の遮断では、レバー押しの獲得は影響を受けなかった。

 

次に、レバー押しを学習してから、扁桃体ー背外側線条体経路を遮断した。

扁桃体外側核ー背外側線条体の遮断は、学習したレバー押しに影響しなかった。

しかし、扁桃体中心核ー背外側線条体の遮断は、学習したはずのレバー押しが減少した。

以上のことから、扁桃体外側核は習慣行動の獲得、扁桃体中心核は習慣行動の固定に関与することが明らかとなった。

 

感想

習慣化において、扁桃体が下位領域ごとに異なる役割を担うことが興味深い。

 

 

 

 

 

 

 

わかりやすいことは正しいこと?ー処理流暢性ー

分かりやすいことは正しいこと?

「この人の話は分かりやすい!」

こう思った時、私たちはその話の内容が正しいと感じてしまう。分かりやすいことが必ずしも正しいとは限らないにもかかわらず。

一方で、複雑で分かりにく情報については、正しくなかったり価値がないものであると考えてしまいます

処理流暢性

情報の処理のしやすさは処理流暢性といい、情報の処理のしやすさは情報の判断に影響を及ぼすことがわかっている。私たちは、流暢性の高い処理のしやすい情報を肯定的に捉え、分かりにくい情報を否定的に捉えてしまう。

流暢性の高いものは

では、どの様な情報が流暢性が高いのか。

  • 過去に見聞き、経験した情報
  • 馴染みのある情報
  • 知覚しやすい鮮明な情報
  • 情報が多すぎないもの

簡単=好き

研究によると、被験者に顔写真を見てもらいどれくらい好ましいかをレーティングしてもらうと、以前に提示された顔写真をより好ましく感じる[1]。この様に、私たちは見慣れることで情報処理が簡単となった情報をより好ましく感じる。

簡単=正しい

文章の内容について本当らしいのか判断してもらう場合、読み易いフォントや色で書いてある文章の内容を、読み難い文章に比べより真実であると感じてしまう[2]。

簡単=やり易い

レーニングのやり方を書いた説明書を渡してトレーニングを行なってもらう。トレーニングの説明が読みやすい場所に書いてあると、被験者はそのトレーニングについて実行が容易であると感じ、一方で、日常のトレーニングに取り入れ同じ説明でも読みにくい場所に書いてあると、トレーニングを行うのは難しいと感じる[3]。

情報の内容が重要

私たちは、受け取った処理の簡単さ分かり易さによって、判断が歪められる。

他人に何かを伝えるときには、伝えかたを意識することで、相手の理解を得られるようにできる。情報を受けるときには、その情報処理の簡単さに騙されずに、内容を吟味し判断することが重要である。

 

 
参考文献

[1]Newell BR, Shanks D (2007). Recognising what you like: Examining the relation between the mere-exposure effect and recognition. European Journal of Cognitive Psychology. 2007, 19 (1): 103–118.

[2]Reber R, Schwarz N (1999). Effects of perceptual fluency on judgments of truth. Consciousness and Cognition, 8, 338–342.

[3]Song H, Schwarz N (2008). If it’s hard to read, it’s hard to do: Processing fluency affects effort prediction and motivation. Psychological Science, 19, 986–988.

 

 

 

 

扁桃体と環境の探索

情動反応や条件付けに関与することが知られている扁桃体が、新規空間の探索に関与することを報告した論文。

An Amygdala Circuit Mediates Experience-Dependent Momentary Arrests during Exploration.

Paolo Botta, Akira Fushiki, Ana Mafalda Vicente, Luke A. Hammond, Alice C. Mosberger, Charles R. Gerfen, Darcy Peterka, Rui M. Costa

Cell, Volume 183, Issue 3, Pages 605-619.e22, 2020

 概要

新規環境の探索は、環境の情報獲得と学習に重要である。ラットは新規環境の探索時に短時間停止する探索行動(arrest behavior)をとる。この探索行動への扁桃体ニューロンの関与を検討した。

結果と考察

探索行動は短時間の加速度の変化(速度の低下から増加)を伴う。この加速度の増加の際に扁桃体外側基底核(BLA)ニューロンの活動が増加した(Fig1)。

次に、探索行動中のBLAニューロンの神経活動のオプトジェネティクス(1)で人為的に操作し、探索行動への影響を検討。BLAニューロンの神経活動の亢進は探索行動を延長した(Fig2)。一方で、BLAニューロンの神経活動の抑制は探索行動を減少させた(Fig3)。

探索行動は全くの新規環境では観察されず、探索した経験がある場所で観察された。これに対応して、BLAニューロンの神経活動も探索の経験に伴い増加した(Fig4)。

これらの結果から、扁桃体には経験に依存した探索行動に関与するニューロンが存在することが示唆された。

感想

これまで、情動反応とか条件付け反応に関与することが知られていた扁桃体が、探索中の停止行動と関与することを示した点が面白い。論文のイントロダクションでTolmanの認知地図に触れているが、認知地図との関連があるのか興味深い。

 
脚注

 (1)オプトジェネティクス:光感受性タンパク質をニューロンに発現させ,それに光を照射することによってニューロンの活動を操作する手法